東京・神保町の出版社「玄武書房」は中型国語辞典『大渡海』の刊行計画を進めていた。定年を控えた辞書編集者・荒木は、後継者として営業部の社員・馬締光也を辞書編集部に引き抜く。
馬締は、社内では「変人」と呼ばれるほどの言葉オタク。ぼさぼさ頭に銀縁眼鏡、下宿の部屋は本で埋め尽くされ、大学院では言語学を専攻。彼は言葉に対する鋭い感覚と誠実さを持ち、また粘り強く、まさに辞書編纂にぴったりの人材だった。
老学者や、編集部の個性豊かな仲間たちとの絆、下宿先のタケおばあさんや、その孫で板前修行中の香具矢との交流を通じて、馬締は人間的にも成長する。
それから十数年の時をかけ、20万語以上の言葉を編んだ『大渡海』はついに完成する。辞書作りに情熱をそそぐ人々の思いが、温かく伝わる物語である。登場人物の言葉が胸を打つ。定年を控えた辞書編集者・荒木は「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」と告げる。
日本語研究に人生を捧げる老学者・松本先生。「言葉の海は広く深い」と楽しそうに笑い、言葉について情熱をひそめながら淡々と語る。
編集部の仲間・岸辺みどりは辞書作りを通して、自分が少し変わった気がすると思った。そして、馬締光也。「言葉はときとして無力だ。けれど言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心のなかに残った。語りあい、記憶をわけあい伝えていくためには、絶対に言葉は必要だ」と胸に刻む。
悲しい時も、うれしい時も、悔しい時も、幸せな時も、私たちはその感情を言葉で考える。時には伝えたくても、伝えられないもどかしさがある。そんな時も、言葉の海に溺れそうになりながら、言葉を探している。
やはり、私たちには舟が必要だ。多くのひとが、長く安心して乗れるような舟が。さびしさに打ちひしがれそうな旅の日々にも、心強い相棒になってくれるような舟が。
読後には、日常の言葉が少し愛おしく感じられることだろう。
























































