
ダガー賞の翻訳部門に選ばれ、スピーチする王谷晶さん=3日、ロンドン(共同)
【ロンドン共同】英国推理作家協会は3日夜(日本時間4日朝)、優れた推理小説に贈るダガー賞をロンドンで発表し、翻訳部門に王谷晶さん(44)の作品「ババヤガの夜」を選んだ。ダガー賞は米ミステリー作家協会主催のエドガー賞と並び世界的に権威のある賞として知られ、日本人の受賞は初めて。王谷さんは授賞式のスピーチで「とにかく驚いている」と感想を語った。
ババヤガの夜は、暴力が趣味という女性が暴力団会長の娘のボディーガードを命じられ、裏社会で娘と独特な関係を築いていく物語。日本では2020年に刊行された。日本文学翻訳家のサム・ベットさんが英訳し、24年に欧米などで出版されて話題を集めた。
王谷さんは受賞後「すごく混乱している」と気持ちを率直に語った。「世の中が平和でないと、平和ではないフィクションを楽しむことができない」とも述べ「(受賞の)栄光を世界の平和のために役立てるようにしたい」と訴えた。
審査員は「マンガのように日本のヤクザの世界を容赦ない暴力で描き、登場人物の深い人間性を浮き彫りにした。無駄をそぎ落として独創性にあふれ、奇妙ながらも素晴らしいラブストーリーを伝えた」と評した。
王谷さんは1981年東京都生まれ。ババヤガの夜は初の英訳作品(英題・The Night of Baba Yaga)となった。著書はほかに小説「他人屋のゆうれい」や短編集「完璧じゃない、あたしたち」、エッセー「40歳だけど大人になりたい」などがある。
ダガー賞は1955年創設。英語圏以外の作品を対象とした翻訳部門を含め計13部門ある。翻訳部門の今回の最終候補6作には、首都圏連続不審死事件の死刑囚をモチーフにした柚木麻子さんの「BUTTER」も残っていた。
【ダガー賞】英国推理作家協会が1955年に創設した文学賞。ミステリーの分野で世界的に最も権威があるとされる。受賞者には短剣(ダガー)の記念品が贈られる。過去の受賞者にはスパイ小説の巨匠、故ジョン・ル・カレさんらが名を連ねる。2006年に翻訳部門が設けられ、近年では韓国の作品も受賞。日本からはこれまでに横山秀夫さんの「64」、東野圭吾さんの「新参者」、伊坂幸太郎さんの「マリアビートル」が最終候補に残ったが、受賞はしなかった。
◆―― 女性の多様な関係描く 痛烈さとユーモア
ダガー賞翻訳部門に輝いた作家の王谷晶さんは、女性同士に成立し得る多様な関係を描いてきた。ライターとしての活動を始めたのは19歳の頃で、広告などの文章を書いた。会社勤めはうまくいかず、日雇いで警備や工場の現場を転々とした。「もう働ける場所はここしかない」と残ったのが、文筆で食べる道だった。
注目を集めたのは2018年の短編集「完璧じゃない、あたしたち」。主人公の女性たちが織りなす豊かな関係を提示した。エッセー集「カラダは私の何なんだ?」では女性の身体やマイノリティーに対する社会の偏見を、痛烈ながらユーモアのある軽妙な文章でつづった。こうした視点は、女性2人を中心に据え、信頼によって生まれた彼女たちなりの連帯を描いた受賞作にも通じる。
日本の主要な文学賞の受賞歴はないまま国際的文学賞を手にした。事前の取材には、自身の体験を踏まえ「日雇いの頃は2時間働いて単行本1冊を買えるかどうかだった。(読者に)時間とお金を使っていただくから、面白いのが一番。想像の余地と分かりやすさを心がけています」と話していた。
◆―― 作品が持つ切れ味と熱量
海外ミステリーに詳しい書評家の三橋暁さんの話 日本の女性作家が英国の文学賞で注目されてきた流れに加え、作品の切れ味の良さがミステリーの本場の読み手に評価された。ヤクザや新宿・歌舞伎町、地方都市といった日本独特の空気感もアピールの要素になったのではないか。物語を暴力の描写で引っ張りつつ、個人の葛藤や人間関係の機微が描かれる。フェミニズムやシスターフッド(女性の連帯)といった時代のキーワードに呼応しているが、それは王谷晶さんがこれまで書いてきたことだからこそ、作品の熱量につながっている。